神は細部に宿る

今日から四国行脚です。
台風がヒタヒタと近づいていますが、
どうぞすり抜けられますように!

さて、「神は細部に宿る」という
言葉があるように、よい仕事は
細部をおろそかにしない姿勢から
生まれるものです。

先日伺った先の、研究開発部の方が
おっしゃっていました。
「研究開発に携わっているが、
開発というのは地道な作業。
地道なことを厭わず、日々努力、継続することで、
価値の高いものを生み出していける」。

さらに。

「小さなことをおろそかにしないように
している。自分の身や場を清める、など。
実験器具を手洗いすることもあるが、
適当に要領よく洗うのではなく、
細部に一分の隙もないほどにまで洗いぬく。
なぜならばそれは雑用ではく、
製品開発に大きく影響するのだから」。

身が引き締まるお言葉です。

断捨離

週明けは、いつものスタバからスタートです!
9割がたの仕事が終わりましたが、あと少し、
積み残してしまったのが惜しい!
しかし、そろそろ出発の時間です。

さて、最近、周りの再ブームは”断捨離”。
書類、小物、洋服、靴、などなど、
捨てることで、ドドーンと開運した!という方も多数。

私も何年かに一度は大がかりな断捨離をしますが、
ここ数年ご無沙汰だったので、年内着手を宣言します!

ということで、昨日は書類と台所のストッカーあたりを
大々的に断捨離。

機密情報に関わる書類は、溶解システムで処分するため、
会社に持参。
今朝は金塊を詰めているのだろうか、と
思う位に重いキャリーバッグ・・。

まずは捨てることで、本当に必要なものだけが残り、
おのずと入りを断ち、執着から離れることができるはず、と
期待が膨らみます。

ミャンマーとのご縁

昨夜はミャンマー同窓会。
3年前、一緒に視察に行った方々との再会でした!

ミャンマーを訪れた際、
日本語を学ぶ学生さんたちの、
キラキラ輝く目、好奇心に満ちあふれた
イキイキした表情に惹きつけられました。
学ぶということの原点について、改めて気づかされました。

一人でできることには限りがあっても、
支援の総和で、大きなうねりを生み出すことができます。

そう思い、一般社団法人ミャンマー人財開発機構を
設立しました。
この組織がミャンマーと日本を結ぶ架け橋になれば、と願いつつ。

今月末にもヤンゴンに行きますが、
今年は奨学金に加えて、学生さんたちに、
日本企業で働く上で必要な仕事の基本やスキルについて、
お伝えする機会をいただけました!

学生さんたち、そして市場で出会った娘と同い年のまあちゃん。
予期しない垂直的な出逢いが人生を変える。
ミャンマーでの出逢いを思い起こす時、
そのことをつくづくと感じます。

静かなる衰退

10月だというのに、全国的に暑い1日ですね。
東京も30度ちかくまで気温が上がりました!
今日は、これからお仕事です。

『会社は一瞬で悪くなるのではありません。
ゆっくりと時間をかけてダメになっていく。
その過程でよくみられるのが、本来重視すべき
顧客や競争相手への反応が鈍くなり、
身内の方ばかりをみた「いい人」が
増えてしまう現象です。

たとえば、顧客からクレームが来ても、
「気にしなくていい」と上司が部下を
慰めてしまう。
こうした雰囲気が蔓延すると、
現場がダレていき、重要な情報が
経営層にフィードバックされない組織が
できてしまいます』。

(一橋大学大学院 教授 沼上幹氏)

キューピーでは、工場で働くアルバイト従業員に、
製造過程で危険な菌が混入した時の様子を
顕微鏡で見せるそうです。
そのことによって自分の仕事の責任と
リスクを理解し、懸念事項があれば、
すぐに報告する。現場に緊張感が
保たれるといいます。

しかし一方においては、「随喜(ずいき)」の精神で、
人が喜んでいるときに同じ気持ちになって、
心の底から喜ぶことも大事ですね。

これが徳を積むこともなるし、雰囲気も良くなります。
なんでもバランスですね!

愚かな自分

今朝はこだまで移動。
3時間乗っていると、
ずいぶんと仕事もはかどりました!

さて、昨夜の「中道塾」も深い時間でした。
全30講の28講目。
説法って、何十回訊いてもわかったようでわからない。
でも、あるときふと、垂直的に「あ!これが!!?」と
思うことがある。

昨夜は、隣の人にそういうことが起きていて、
「おおおー」「ふふーん」「ウォー」など(笑)、
やたら感嘆句を耳にしました。

「愚かな自分に気づく」というくだりで、。
「どんな時に自分は愚かだと思う?」という問いを立てられ、
「え!?誰が愚か?私?まさか!?」
ということからして、愚かな自分・・。

渦中にいると、自分の愚かさには気づかない。
しかし、愚かな自分に気づくと、自ずと頭が下がる・・。
頭を下げるのではなく、「頭が下がる」のだといいます。

愚かとは、何も知らないことであり、無明だということ。
まずは自分の愚かさを自覚すること。
そのためには、愚かだと気づいていく知恵に出逢うこと。

知恵を学ぶとは、
説法を聴くこと。八正道を実践すること。
一生学びですね!

半期の終わりに

今朝も、会社近くのスタバ朝活からスタートです。
早いもので、9月も最終日!
上期〆日でもあり、一つの節目です。
明日からは、新たな仲間も入社し、
新たな気持ちでスタートです。

BPSを設立したのは、1999年、今から20年前です。
個人事業からのスタートでしたが、
右も左もわからない中、チャンスを下さった
お客様のおかげで、少しずつ仕事が広がってきました。

腰を据え、法人化したのは2002年。
きっかけは、「組織にするからこそ組織の悩みがわかるはず。
そうすることで、魂がこもった指導になるだろう。
法人にすることも覚悟の第一歩」というお客様の一言がきっかけでした。

創業期を支えて下さったお客様方には、
心に沁みるアドバイスとともに、
大事な人財育成の仕事を任せて下さったことへの
感謝が尽きることはありません。
こういった原点を忘れず、慢心せずに1つ一つの仕事に
真摯に向き合っていきたい、と強く思います。

私たちの提供価値は、
「行動変容につながるプロセスデザイン」。
プロセスをデザインするには、
顧客接点でのヒヤリング、プログラム、
コンテンツ、講師やスタッフのあり方、
場づくりの力、など、いくつもの要素が影響します。

一人ひとりが、自分の持ち場、役割の中で、
輝いて仕事に向き合える「場」を、
これからも創っていきたいと思います。

この半年、お世話になったお客様、
講師、スタッフ、パートナーの方々に、
心から感謝申し上げます。

談論風発

今日は月に1度のBPS会。
午後からは外部の先生をお招きしての勉強会です!

この日に向けての準備は入念です。
全員が顔を合わせての貴重な場。
お互い実りある時間になるように、と。

談論風発、ワイガヤでみんながオープンマインドで話せる場を
創りたいと言いながら、”安心安全”がベースにないと、
それは機能しない。
そんなことも、失敗から学んだことです。

さあ、スタバでの最終準備も終了!
では、行ってきまーす。

未来を信じる

今日は午後から業務改善研修。
朝は、昨日のブログにも書いた「燃えあがる緑の木」
最終回を見ることからスタート!

「各々がたどり着く場所で、一滴の水のように、
地面に沁み込むことを目指そう」

印象に残った言葉です。
何かを成し得ねばー!とガツガツするのではなく、
一隅を照らすかのように、自分ができることを
今ここに集中し、心を込めて行う。
いい意味で、肩の力が抜ける思いです。

「現在は過去からの贈り物であり、
現在は未来への貯金でもある」。

これは以前に読んだ、放送作家の小山薫堂氏の言葉。

未来を信じること。
それが気楽に生きる一番のコツ。
どんな道を通ったとしても、その先には
きっといいゴールが待っている。
そう信じれば、何があっても未来は自分のためだと
思えるのだという言葉は、とっても納得できました。

また、神社仏閣にお参りに行った際には、
「神様、ああして下さい、こうして下さい」
とお願いごとを唱えるのではなく、
「自分にとって、一番ベストなことがやってきますように」
と願うこと。確かに、です。
自分にとって、その時は、なぜこんなことが!?と思うことが
起きたように思えても、後々それはベストだった、
と思えることが、これまでの人生にいくつもありました。

自分に起きることは、すべて自分にとって
必要なことなのだと信じること。
自分の未来を信じること。
それこそが「自分を信じる」、ということに
つながるのかもしれません。

一瞬よりはいくらか長く続く間

3連休のなか日は、祖母の三回忌法要でした。
2年前、98歳で天寿を全うした祖母。
そのご縁に導かれ、親族が集まり語らう、
貴重な1日となりました。

祖母は生前、「おばあちゃんはなあ、ほんまに幸せやった。
もう何も言うことはないわ」とニコニコして話していたことが
思い出されます。

さて、昨日はPEP8回目の講座でした。
題材に使われたのは、100分DE名著で現在放映中の
「燃えあがる緑の木(大江健三郎著)」。

この中でとても印象的だったのが、
「一瞬よりはいくらか長く続く間」という言葉。

物語の中では、14歳で小児がんにおかされた「カジ」という少年が、
「ただ僕が恐いのは、自分が死んだ後でも、この世界で時間が続いていくことです。
しかも自分はおらんのやと思うと、本当に死ぬことが嫌です」と話します。

主人公のギー兄さんは、
「人生に喜びや意味を与えるのは、決してその長さではない。
大切なのは、魂が、喜びとも感動とも呼べるような、
何か強く深く濃密なものに満たされる感覚に打たれるような時間。
それが、どれほどわずかな持続であれ、少なくとも”一瞬よりはいくらかは長く続く”。
これを経験できるかどうかなのだ」と。

人が、人生の中でいくつか経験するにちがいない、
「一瞬よりはいくらか長く続く間」の光景こそが、
その人が本当に生きたしるしとして、人生に刻まれる。

ある光景がよみがえって来て、泣けました。
何を得たとか、何を成し遂げたとか、ではない。

燃えあがる緑の木。
10月の連休には、是非読んでみます!