自ら意味をつくる

始発で大阪に向かっていますが、快晴の朝です!
今週は今日から熊本→京都→茨城と移動三昧の日々ですが、
ちょうど台風進路と重なっているではないか・・。
この時期から台風の心配をすることになるとは想定外でしたが、
無事移動できることを願いつつ、です。

さて、先週参加したAI(Appreciative Inquiry)
プラクティショナー養成コースを終えて、最も大きな気づきは、
AIという手法そのものよりも、自分自身の研修観や組織開発観についてでした。

これまでは、参加型を標榜しながらも、
どこかで「理解してもらう」「気づいてもらう」「行動変容してもらう」
という発想がありました。つまり、講師側が持つ知識や経験を、
いかに参加者へ届けるかという、客観主義一辺倒の、
学習観に立っていたように思います。

しかし今回のAIでは、

まず体験する。
その体験を振り返る。
仲間と対話する。
そして自分なりに意味づける。

構成主義的な学びの場では、受け取るものは人によって違う。
同じ話を聞いても、響く言葉は人によって違う。
ファシリテーターは正しい答えを教えることではなく、
参加者が自ら意味を創り出すプロセスを支援することになります。

今回の3日間でも、参加者それぞれが全く異なる気づきを語っていました。

ある人は「習慣」に反応し、
ある人は「身体感覚」に反応し、
ある人は「心理的安全性」に反応し、
ある人は「未来を語ること」に反応する。

「何を伝えたか」「何を理解したか」以上に、
「参加者の中で何が立ち上がったのか」が
大切なのかもしれません。

「自己組織化」。人は管理されて変わるのではなく、
自ら意味を見出したときに動き始める。

「人はどのように学ぶのか」
「人はどのように意味を創るのか」
「組織の中で学びはどのように伝播するのか」

こんな問いが新たに立ち上ってきました。
「学習とは何か」というテーマの入口に、
立たせてもらったような気がします。

AIを学ぶ

始発で東京へ向かう朝です!
あいにく曇がかかっており、富士山は拝めませんでした・。

さて、今日から3日間学ぶのは、
「Appreciative Inquiry」。
直訳すると「価値を見つめる問いかけ」。

事前に本に目を通すと、AIは組織や人の“問題”ではなく、
“すでにある強み”や“うまくいっていること”に
目を向け、そこから未来を創っていく考え方。

「何が悪いのか」
「なぜできないのか」ではなく、

「この組織の良さは何か」
「この人の強みはどこにあるか」
「うまくいっていた時、何が起きていたのか」

そんな問いを通して、人や組織の可能性を広げていくというのが、
素晴らしい未来に繋がるように思います。

どんな問いが自分の中に立つのか。
どんな対話がなされるのか。
どんな未来が出現するのか。

楽しみです!

コラボの魅力

始発で福井にやってきましたが大雨です。

先日、銀座を歩いていると、
開店前のSwatchにものすごい行列ができていた。
開店時間前ですでに500メートル近い列!

若い人、インバウンドらしき人、時計好きそうな人。
中には、「この人、本当に時計好きなのか?もしや転売ヤー?」
と思うような、独特の雰囲気の人もいた。

調べてみると、最近のSwatchは、単なる“カジュアル時計”
ではないらしい。
OMEGAやBlancpainなど、高級時計ブランドとのコラボを次々展開し、
「高級時計をもっと遊ぶ」
という新しい価値観をつくっている。

昔の“高級品”は、一生モノであり、背伸びして買うものだったけど、
変わってきているのですね。
歩いていると新しい発見がいっぱいあります。

ちなみにあの行列は、「オーデマ ピゲ」とコラボした懐中時計
「ロイヤル・ポップ」の発売日。世界各地で大行列だったようです。
公式ショップは当然売り切れ。市場では4倍以上の価格で取引されています・・。

美と豊かさ

東京の朝は快晴。カフェから見える木々の緑が
朝日に照らされて、なんとも美しいです。

日本画家、千住博氏の言葉。

「美とは本来、五感のすべてを通して感じるもの。
しかし今、人間にとっての美が、
視覚に偏りすぎていることに危険を感じる。
パソコンの中には、視覚情報はあっても、
においや手触りはない。

五感を使って美を感じる感性が薄らぐということは、
生きる感性が薄らぐこと。これは生命の尊さに、
鈍感になるという意味でも恐ろしい。
今日のこの時間は一度しかない。
そう思って与えられた時間を慈しむことは、
人生の豊かさにつながる。

そして、豊かさとは、美的感覚にも通じるもの。
豊かさとは生きる理想であり、
また、美でもあったのではないか」。

夕方の光がきれいだと立ち止まること。
食事を「流し込む」のではなく、「味わう」こと。
そういう小さな感覚を失わずに生きることが、
人生の豊かさにつながっていく気がします。

AIが進化し、画面の中で何でも完結できる時代だからこそ、
人間にしかできないことは、「感じること」なのかもしれません。

美しさとは、ただ“きれいに見えるもの”ではなく、
生きている実感そのものなのだと思う朝です!

ATD26スタート

ATD26がロサンゼルスでスタートしました。
友人知人が参加されているので、
FBやnoteでのレポが楽しみです!

2019年までは、毎年のように現地へ足を運んでいました。
世界中から人材開発担当者や経営者、コンサルタントたちが集まり、
熱気の中で「これからの学び」を語り合う。
私にとってATDは、“人と組織の未来”を感じる場所でした。

コロナを機にすっかりご無沙汰ですが、
秋の台湾ATDには参加したいと思っています。

皆さんからのレポートが続々。
AIはここ数年のTOPICだが、
「AIにできることが増える中で、人間は何を担うのか」
という問いに、去年位から移ってきているようです。

AIは、情報整理もできる。
翻訳もできる。
資料のたたき台も作れる。
個別最適化された学習設計まで行える。

では、人間は何をするのか。

“Empathy(共感)”
“Trust(信頼)”
“Belonging(居場所)”
“Connection(つながり)”
”curiosity(好奇心)”

「人間らしさ」がより際立っているのが、
とても興味深い。

AIも確かに共感してくれるが、同じ世界を生きているという
感覚からは程遠い。
間合い、声のトーン、表情。
完全に理解しようとしすぎない姿勢。
その人の人生観が伝わってくるからこそ、心に沁み入るようにも思います。

皆さんの投稿を注視する5日間です!

綺麗なこと


今春ドラマの中で、『銀河の一票』にハマっています。
政治家と、日々の暮らしを懸命に生きる人たち。
その対比がとても興味深いです。

一方が悪く、もう一方が正しいのではなく、
立場によって、見えている景色そのものが違うのだと感じます。

「綺麗事じゃないよ。綺麗なことだよ」という言葉が印象的でした。
理想を語ること自体が少し気恥ずかしい空気がありますが、
本当は“綺麗なこと”を信じられる社会の方が、希望があるように思います。

「何のために生きるのか」という問いへの、「念のため」という返答。
つい、立派な答えを考えてしまいそうですが、大きな夢や立派な理由がなくてもいい。
もしかしたら明日、少し良いことがあるかもしれない。
だから、念のため生きてみる。

宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
という言葉が、このドラマの根底にあるテーマのようです。
分断や不安が広がる今だからこそ、この言葉が響きます。

対話の力

最近、「対話」の大切さを改めて感じています。
対話をしていると、当然ながら意見が食い違うことがあります。
立場が違えば、見えている景色も違う。経験してきたことも違う。
だからこそ、「なぜそう考えるのか」が、自分とは異なることは、
自然なことなのだと思います。

以前の私は、対話とは“合意形成”のために行うものだと
思っていた気がします。
どうやって結論を一致させるか。どうすれば納得してもらえるか。
そんなことを重視していました。

けれど最近は、意見が違うこと自体に価値があるのではないか、
と感じています。

もちろん、ただぶつかればいいわけではありません。
大事なのは、相手をリスペクトすること。
「違う意見=間違い」ではなく、その人の背景や経験、
立場があるからこその考え方なのだと受け止めることです。

そしてもう一つ、同じくらい大切なのが、
“自分をサスペクトする”ことなのかもしれません。

自分の考えを、少し疑ってみる。
「本当にそうだろうか?」
「見えていない視点はないだろうか?」
そんな問いを、自分自身に向けてみる。

すると、不思議なことに、対話は“勝ち負け”ではなく、
“価値創造”に変わっていきます。

最初は平行線だったものが、対話を重ねる中で、
どちらでもない第三のアイデアに変わることがあります。
一人では辿り着けなかった視点に出会えることがあります。

組織でも、人間関係でも、対話が減ると、
“わかったつもり”が増えていきます。
でも本当は、違和感やモヤモヤの中にこそ、
新しい価値の芽があるのかもしれません。

だからこそ、ちゃんと悩み、ちゃんと対話する。
簡単に答えを出しすぎず、相手を尊重しながら、
自分自身も問い直してみることが大事ですね。

心の複雑さに向き合う

先日、enfacさん主催の『心の複雑さに向き合うとは、どういうことか 成人発達理論がひもとく痛みと成熟の心理学』翻訳記念出版セミナーに参加しました。

「人はなぜ成長できなくなるのか」「成熟とは何か」という、
人間の根源的なテーマに触れる内容で、とても興味深かったです。


セミナーで繰り返し語られていたのが、「発達と癒しは不可分である」
という言葉です。

例えば、私たちは子どもの頃から“評価されるための学び”を繰り返してきました。
失敗を恐れ、比較され、期待に応えようとする中で、「学ぶこと=苦しいこと」に
なってしまう人も少なくありません。

著者の加藤氏はそのような過去の経験が、大人になってからの挑戦意欲や、
主体性にまで影響を及ぼしていると指摘します。
セミナーでも、「心の傷を理解することなしに、人の発達を支援することはできない」という話が強く心に残りました。

また、もう一つ印象的だったのは「シャドウ」の存在です。
ユング心理学にも通じる概念ですが、自分の中で見たくない感情や
抑圧された側面を指します。対人支援やマネジメントに関わる人ほど、
“相手を変える”ことに意識が向きがちですが、
「まず自分自身のシャドウを見つめること」が成熟への入口。
相手の問題に見えていたものが、実は自分自身の不安や恐れの投影だった――そんなことは、組織の中でも日常的に起きているのかもしれません。

さらに印象的だったのは、「自己効力感は、ただ褒められるだけでは育たない」という話です。本書では、“やり遂げた経験”と“安心して失敗できる環境”の重要性が語られます。今の社会は、失敗を避けることや、正解を出すことばかりが重視されがちです。
しかし、人は本来、冒険し、試行錯誤しながら成長する存在。
だからこそ、失敗や葛藤を含めて、自分自身の複雑さに向き合うことが、
成熟につながるのですね。

700ページ近い書籍ですが、お二方の話を伺い、
読んでみたいと思いました!

引き際を考える

『プラダを着た悪魔2』を観ました。
ネタバレになるので詳しくは書きませんが、
「どう引き際を選ぶのか」を考えさせられました。

年齢を重ねたからこそ見える景色や、仕事との向き合い方。
かっこいい女性たちの姿に背筋が伸びつつ、
圧巻のお洒落な衣装の数々に心が躍りました。

そして、前作との“つながり”も随所に。
20年という時を経たからこそ響く、大人のための続編だった気がします。

若い頃は、「頂点に立つこと」や「走り続けること」が
格好良く見えていたけれど、今はそれだけではないのだと感じます。
どこで立ち止まるのか。何を守り、何を手放すのか。
そんな問いを静かに投げかけられているようでした。

それでも、この映画は決して重たくありません。
テンポの良い会話、美しいファッション、洗練された空気感に
ワクワクしっぱなし。スクリーンに映る一着一着が本当に素敵で、
お洒落って、自分を奮い立たせる力なんだと思います!