30歳以上のオリンピック?

今日の会合で、ちょっと面白いイベントの話を聞きました。
その名も「ワールドマスターズゲームズ2027関西」。

正直、最初は「なんだろう?」と思ったのですが、
調べてみるとこれはすごい!

2027年5月、関西一円で開催される、
世界最大級の“生涯スポーツの祭典なんだそうです。

30歳以上なら誰でも参加でき、
年齢で区切るのではなく、「年齢で楽しむ」。

この大会の一番いいなと思ったポイントは、
年代別でエントリーできる仕組み。
若い人だけが活躍する場ではなく、
同じ年代同士で競い合える。

だからこそ、久しぶりにスポーツを再開した人、
趣味として続けてきた人、
健康のために始めた人。
そんな人たちも、ちゃんと“主役”になれるのが、
素敵なコンセプトです。

オリンピックのような厳しい予選は基本なく、
誰でもエントリー可能。
競技種目は、陸上・水泳・サッカー・ゴルフなど
35競技・59種目。つまり、「自分の好き」で挑戦できる。

勝つためだけじゃなくて、
楽しむために出られる世界大会って、
実はすごく貴重だなと思いました。
「いつか」じゃなくて、「今から」でもいい

エントリーはすでに始まっていて、
2027年2月まで申し込み可能とのこと。
「何かに挑戦したいな」という気持ちを
行動に移せるのですね!

「出る・出ない」は別としても、
こういう場があること自体が、
なんだか希望だなと思いました。
ちょっとだけ、未来が楽しみになる話を聞けました!

多様体としての自己

先日、湯河原で開催された「多様体としての自己」講座に
参加しました。

仏教の唯識の考え方と、心理療法であるACT
(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)や
IFS(インターナル・ファミリー・システムズ)を手がかりに、
「自己を一つの固定した存在ではなく、多様な側面を持つものとして捉える」
というテーマを探究する時間でした。

普段、私たちは「自分はこういう人間だ」と、
一つのストーリーで自分を説明しがちです。
しかしIFSでは、人の内面にはさまざまな“パーツ(部分的な自己)”があり、
それぞれが役割を持っていると考えます。
仏教でも、固定した「実体としての自分」は存在しない
という見方があります。
ACTもまた、思考や感情に巻き込まれるのではなく、
それを「観察する視点」を育てることを大切にします。

この三つの理論には、いくつかの共通点があります。

一つ目は、「観る主体」を育てるということ。
感情や思考そのものではなく、それを眺める視点を持つことで、
少し自由になれそうです。

二つ目は、「戦わない」という姿勢。
不安や怒りなどの感情を無理に抑え込もうとすると、
かえって強くなります。ACTでもIFSでも、
それらを排除するのではなく、まず存在を認めることから始めます。

三つ目は、「関係性が変わると全体が変わる」という考え方です。
内面の一つのパーツとの関係が変わるだけで、
自分の感じ方や行動が自然と変化していく。
人の心は、関係性のネットワークなのだと実感しました。

今回の講座を通して、「自分を変えなければ」と頑張るよりも、
「自分の内側とどう関係するか」を見直すことの大切さを実感した次第です。

自己理解とは、自分の内側にいる多様な声に気づき、
少し距離を取りながら向き合うことなのかもしれません。

そう考えると、「自分」という存在は、
思っている以上に柔軟で、可能性に満ちているのですね。

チーム力

6年前の今頃は、コロナ禍に本格的に突入し、
創業以来最大のピンチを迎えていた頃。
Facebookに記事が上がってきました。
改めて、仲間のありがたさに感謝ばかりです!
以下、6年前の3月13日の記事より抜粋します。

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今週も刺激的すぎる1週間でした。
ジェットコースターのように乱高下する状況、感情。
早朝から夜まで、頭も体もフル回転。
働き方改革などなんのその、という日々。
創業以来、最大のピンチではありますが、
この1週間は、どれだけ仲間のありがたさや、
信頼・感謝・頼もしさを感じたことか!頭が下がります。

刻一刻と事態が悪化する中、
走りながら決める、修正する、改善する日々。
このスピード感たるや、マッハ級!
しかし、それを凌駕するほどの勢いと馬力で、
新たな価値を創出してくれる仲間。

ヌケモレゼロで、抜群の仕事をしてくれる仲間。
また、こんな時こそ、明るく元気に!
とばかりにムードメーカーとして、
明るい職場づくりに一役買ってくれる仲間。
思いつきを形にしてくれるメンバーがいたり、
ロジックやセオリー、知恵という、伝家の宝刀を授けてくれる人もいる。

みんな一人ひとり、かけがえのない存在。
誰一人、船から下りることなく、この逆境を乗り切りたい。
そう思うと、またまたパワーが湧いてきます。
来週もチャレンジづくしですが、猪突猛進でっす!

やるなら楽しく!

今朝も寒い朝ですね。
今週はダウンコートが手放せません。

3月は現場での登壇は少ないものの、
今期の総括や、来期の準備などで忙しい月です!
来期の方針も見えてきました。

そこで思い出したのが、事を成し遂げるのに
大事なABCDE。

Aは「aspire」。
最初に何か「したい」と思うこと。
つまり志。

Bは「believe」。自らそれを信じること。
とはいえ、きっと無理だろうなあ、ではだめ。

つまりそのことに、「commit」すること。
具体的に計画を作る。

そして「do」。行動!

最後に大事なことは「enjoy」。
おもしろく、楽しみながらやってこそ、
展望が拓けていくのですね。

対話時間

今週は、講師の皆さんとの面談Weekです!
今期を振り返り、互いの期待値をすり合わせ、これからの
方向性を見つけていくための大切な対話の時間です。

改めて感じたのは、対話をすることで見えてくることの多さです。
「どんな研修をやりたいのか」「どのような価値を届けたいのか」
「これからどんな領域に挑戦していきたいのか」。

一人ひとりの思いを聞く中で、その方が大切にしていることや、
これから伸ばしていきたい方向が少しずつ立体的に見えてきます。

同時に、組織として期待していることも率直に共有します。
すると、「個人のやりたいこと」と「組織として進みたい方向」が、
どこで重なり、どこを工夫すればつながるのかが、
対話の中で自然と整理されていきます。

組織は、誰か一人の思いだけでは動きません。
かといって、組織の方針だけを押しつけても、持続的な力にはなりません。
大切なのは、個人の志と組織の方向をどう重ねていくか。
その接点を見つけることだと感じています。

期末面談は、「未来を一緒に設計する場」なのかもしれません。
対話を重ねることで、互いの理解が深まり、
次の一歩がより明確になる。
そんな時間を一緒に創り上げていきたいです。

2時間枠

千葉は寒い朝です!
体感温度は0度と表示されていますが、真冬並みですね。

さて、いまの時期は、今期の総括、
来期の展望と考えることが多くなります。
だからこそ私は、意識的に「考えるための2時間」を
スケジュールに確保するようにしています。

知的労働においては、
「時間の活用と浪費の違いは、成果と業績に直接表れる
(P.F.ドラッカー)」と言われています。
ドラッカーはさらに、こうも言っています。
「大事なことを考えるのは、2時間程度の長さがほしい。
1日にまとまった2時間枠をいくつ確保できるか?

これが成果を左右する。
スケジュール表を埋めるのではなく、空欄をつくることが大事。
そのためには、まず時間の使い方を記録し、
ムダを捨てる(やめる)・人に任せる。
さらには、残った業務を予定表に再配置し、時間の塊を作る。

空欄をつくる発想が身につけば、時間の使い方も変わる。」
ついついスケジュールを埋めてしまうことに喜びを感じがちですが、
以前よりは「2時間の塊」を少し作れるようになってきた感があります。

ただ、いざ時間が空くと、多動傾向が発動し、
メールを見たり、別の仕事に手を出したり、
つい意識が散ってしまうこともあります。
だからこそ、この「2時間」は 未来のために使う時間 と
決めておくことが大切なのかもしれません。

目の前の仕事をこなす時間ではなく、来期のテーマを考える。
事業の方向を考える。人や組織のことを考える。
忙しいときほど、立ち止まって考える時間を確保する。
3月という節目の時期、この「2時間」を大事に使いたいものです!

メンパ!

こだまに乗って東京に向かっています。
最近時間があるときにはひかりではなくこだまに!
京都→東京間はこだまで4時間弱なのですが、
すいてるしまとまった時間が取れるので、仕事にググっと集中できます。

さて、今日の朝礼で「メンパ」が話題に上りました。
なにそれ?ですが、メンタルパフォーマンスなのだそうです。
タイパ(タイムパフォーマンス)、コスパ(コストパフォーマンス)を
追い求めているような時代背景を感じていましたが、
いよいよ“心のパフォーマンス”に目を向け始めたのかもしれません

2024年のATD(Association for Talent Development)カンファレンスでは、
「燃え尽き症候群」について多く語られており、
Recharge Your Soulが大きなテーマとして取り上げられていました。
成果を出し続けること、効率を上げ続けること。
その先に待っていたのは、静かな消耗だったのか・・。

アメリカではコロナ禍を経て Great Resignation と呼ばれる
大量退職の波が起きました。「この働き方で本当にいいのか」、
「この人生は自分のものか」。多くの人が立ち止まり、
本質的な問いを立て直した。

コロナは、世界を止めただけでなく、私たちの価値観を揺さぶりました。
オンライン化で効率は上がった。でも、孤独も増えた。
生産性は測れる。でも、充実感は数値化できない。

だから今、「メンパ」という言葉が出てきたのでしょうか。
心が整っていること。自分の意味とつながっていること。
無理をしていないこと。そうした状態こそが、
結果として、最も高いパフォーマンスを生む。
そんな気づきが広がり始めています。

タイパもコスパもだけでは人生はどこか乾いてしまう。
効率よりも納得感を。
スピードよりも持続可能性を。

人材開発領域においても、「何ができるか」だけでなく、
「どうあるか」を支えるものが求められるのかもしれません。

メンパという言葉の広がりは、私たちが“人間らしさ”を
取り戻そうとしている証なのかも!?
一つの言葉を教えてもらったことがきっかけで、
思考が深まりました。

3月は終わり始まり

早いものでもう3月!
3月はいつも、春に向かって気持ちが華やぐはずが、
どこか落ち着かない空気感。
12月と同じくらい、いや、それ以上に「師走感」があります・・。

3月が期末という会社も多く、
数字の着地、評価、異動、来期計画。
学校では卒業。別れと始まりが同時に押し寄せる。
街には送別会の気配が漂い、花屋には「ありがとう」と
「おめでとう」が並びます。

12月が“1年の締め”なら、3月は“物語の区切り”だなあ、と思います。
暦の終わりではなく、役割の終わり。肩書きの終わり。
関係性の終わり。だから少し感傷的になるのですね。

しかし、終わるだけではなく、「終わり始まり」の節目。
終わらせること、始めるための準備も必要。
両方が重なるから慌ただしい気持ちになるのだな、と納得したのでした。

二つの世界

~世界は二つに分かれた――万博に「行った人」と「行かなかった人」~

万博でお世話になった友人から、
上記タイトルの記事が送られてきました。

この記事を読みながら、何度も夢洲に通った日々を思い出しました。
昨年10月13日に終了した後は、すっかり話題に上らなくなった、
大阪・関西万博。

私自身は会期中に8回足を運びました。
決して多い回数ではなかったけれども、
回を重ねるごとに万博が、「イベント」から「居場所」へ変わっていく
感覚がありました。感動した大屋根リング、灼熱の万博会場、
閉幕前の少し寂しい気持ち。それらは情報ではなく、
身体に残る記憶として積み重なっていきました。

155回通った友人もいますが、その話を聞いたとき、
最初はなんで?と思ったが、今ならわかる気がします。
万博は一度行けばわかるものではなく、
繰り返し訪れることで見えてくることがあります。
同じ景色でも天気や時間、人との出会いでまったく違う体験になる。
リピーターとは「好きな人」ではなく、「場所と関係を結んだ人」
なのだと思います。

この記事に書かれているように、体験には非対称性があります。
行かなかった人を責めることはできないし、
行かなかった時間にも価値はある。
ただ、終わったあとに残る感情の質は確かに違う。
行った側には喪失感があり、行かなかった側には、
少しの想像や後悔が残るかもしれないし、すっかり忘れ去られた、
気に留めることもないほどの出来事かもしれません。
その差は優劣ではなく、ただ体験の有無という事実の違い。

情報があふれる時代に、現場に立ち、そこで感じることの意味を
この記事をきっかけに、思い起こしていました。
155回通った友人も、8回の私も、同じものを見ていたのではなく、
それぞれの万博を生きていたのだなあ。

万博が終わり、世界は二つにわかれたのだが、
それでも、その記憶を語り合うことで、
二つの世界はまた静かに交わっていくのだろうし、
日常もまた、小さな万博の連続だと思います。
迷ったら現場へ行く。身体を動かし、自分の目で確かめる。
その積み重ねが、未来の記憶をつくっていくのですね。