2016年6月7日
即断即決経営・19年連続増収増益を可能にした社員改革による組織づくり:吉越浩一郎氏
吉越 浩一郎
Yoshikoshi Koichiro
吉越事務所代表
1947年千葉県生まれ。
ドイツ・ハイデルベルク大学留学後、72年上智大学外国語学部 ドイツ語学科卒業。
極東ドイツ農産物振興会、メリタジャパン、メリタ香港の勤務を経て83年にトリンプ・インターナショナル(香港)に入社、リージョナル・マーケティングマネージャーとして勤務した後、86年末トリンプ・インターナショナル・ジャパン㈱に異動。87年代表取締役副社長、92年に代表取締役社長に就任し、2006年末に退任。
トリンプ・ジャパンでは、早朝会議を毎日開催し、即断即決経営を武器に19年連続増収増益を達成。その間、デッドライン、残業ゼロ、がんばるタイム、課長以上には毎年二週間連続の有給休暇を強制するなどユニークな経営手法で話題になる。2004年には「平成の名経営者100人」(日本経済新聞社)の一人に選出された。
2008年、第37回ベストドレッサー賞<政治・経済部門>を受賞。
吉越事務所代表。現在、東京と、夫人の故郷である南フランスの2か所を拠点に幅広く講演活動、執筆を行う。「残業ゼロの仕事力」(日本能率協会マネジメントセンター刊)、「デッドライン仕事術」(などベストセラーも多数、既に50冊以上の書籍を出版。
社員の意識変革に決定的な役割を果たした「デッドライン」
社員の意識変革を促そうとすれば、必ず抵抗があります。
それでも、決して諦めず、成功するまでやり続けること。
これが改革を進める際に最も重要です。
本気で生産性を向上し、残業ゼロと高業績を実現したいのであれば、トップが社員を論理的に説得し、一緒になってやり抜く姿を見せなければなりません。
日本企業の現場力は素晴らしいのですが、リーダーシップが弱いことが大きな問題です。
トリンプ・インターナショナル・ジャパンにデッドラインを導入した時は、社員にデッドライン(何月何日)を徹底して守らせるために、会議でつけた全員のデッドラインをすべて書き留めて、自分の方で確認して進めていきました。
会議で打ちあわせることはせず、課題解決施策の提出期日だけをデッドラインとして決め、担当者に自分で解決施策を初めから考えさせます。それが新入社員であっても同様です。
当初は、ロジックができていないヌケモレの多い施策が提出されますので、「なぜ、こうなるのか」「この点はどうなのか」「どうすればよいと思うのか」と徹底的に疑問を投げかけ、適切な回答ができない場合は、問題点を明確にした上で、出し直しということにして、再度デッドラインを設定して再検討・再提出させます。
敢えて「教える」ことをせず、徹底的に自分で考えさせるのです。
「報・連・相」ではなく、任せてやり切らせ、PDCAを何度も回させるのですが、私は、このことを習って自ら育つという意味で【習育】と呼んでいます。
習育を実践するために全員のデッドラインを控えた書類を日付別のフォルダで管理していたのですが、毎日、デッドラインが数十も出て来るため、本人に確認して質問するこちらの労力も大変でした。こちらが決めたデッドラインは100%当日になると問いただされることを徹底していかないと意識改革は成し遂げられないのです。
デッドラインは毎日の早朝会議で決めていましたが、一旦スムーズに流れ出すと私の方で意図的にデッドラインを早めていくので、最終的に翌朝がデッドラインになったため、社員はいつも悲鳴を上げていました。私の秘書に、デッドラインを書いた書類を捨てて欲しいと本気で依頼する社員がいたほどです。
結局、この繰り返しが社員の意識改革につながり、判断スピードとロジックが鍛えられたことで生産性が向上し、結果的に会社全体の経営スピードが飛躍的に上がり、高業績を実現できたと考えます。さらに、このことにより、完全な残業ゼロや課長以上の最低2週間以上の連続有給休暇も実現できました。
早朝会議では、容赦なくデッドラインを設定され、厳しく内容を追いかけられるため、中には席を蹴って出て行く管理職もいました。通常は考えられないことでしょうが、そのようなことができる関係が築かれていたと思います。
決めたことは厳しくやり切る、しかし、社員にはすべての情報をオープンにしました。
常に厳しいことを要求しますが、お互いに結果を出して、あくまでも社内は明るく、楽しい雰囲気にすることを心がけました。
そのため、早朝会議では、ジョークが飛び交い何でもフランクに言い合える雰囲気だったと思います。
そのような雰囲気づくり・コミュニケーションは、リーダーに求められる能力の中でも最重要な能力です。
生産性向上とは、短時間でより高い付加価値を生み出すこと
今までと同じ仕事を短時間でこなすようにするばかりではなく、同じ短時間でも、より高い付加価値を生み出すようにすることが本当の生産性向上です。
その意味では、従来の働き方を変えなくては生産性向上を実現できません。
仕事の質を高めるために私が実践してきたことをまとめると、図1のようになります。
スタート時点での仕事がオレンジの三角形だとします。その人は、より付加価値の高い「100」の仕事をすることができるのですが、多くの時間を「60」程度の生産性の低い仕事に費やしています。そういったレベルの低い仕事の多くは、IT化・ルーティン化・マニュアル化できる仕事なのです。
どうしても今後も自分でその仕事をする必要があるのなら、その仕事の効率を高める必要も出ていますが、より高い価値を生み出すために、「60」をIT化、あるいはマニュアル化してパート、アルバイトなどのより報酬の低い社員、あるいは自分の部下に、そういった仕事を逐次移行していくのです。場合によっては、その見直しによってその仕事そのものをなくしてしまうことができるかもしれません。
そのような見極めと整理を行うのがステップ1です。
勿論、この種のステップ1の仕事は流れ作業的な仕事ではなく遥かに内容のある、すでに「100」以上の内容の仕事になります。
オレンジ色の仕事領域を抱えたまま業務を増やせば残業が増え、アウトプットの質が落ちるだけですが、仕事の一部を切り離すことにより、その社員は、より複雑かつ重要な判断が伴う仕事に、その分の時間を使うことが可能になり、同じ時間で「120」の価値を生み出すことができるようになります。
これがステップ2の黄色の三角形です。
黄色領域の業務においても同じことが言えるため、さらに繰り返して一部の業務を切り離し、次のステップに上がると「140」の価値を生み出します。
このように自らの仕事の質をどんどん高めていくことで、生産性の高い組織づくりを実現できるのです。こういった仕事の仕方をすることで、部下にどんどん仕事を任せ、習育をすることができますし、パート、アルバイトなどのより報酬の低い社員との同一労働・同一賃金といった問題も起きなくなります。
そして、このような仕事の切り分けやIT投資を全体最適視点で判断し、徹底していくのは、言うまでもなくトップの仕事です。
図2は、優先順位のマトリクスです。
現場では、緊急度の高い仕事(図の1と2)が優先され、3と4の領域が放置される傾向にあります。
そのため、上司は3と4の領域の仕事にデッドラインを設定し、組織として放っておかずに、やり切るようにします。デッドラインが引かれ、緊急度が上がるので、「3領域」の仕事は「1領域」の仕事になり、「4領域」の仕事は「2領域」の仕事になります。
「3領域」は、重要度が高いにも関わらず後回しにされている業務ですから当然として、緊急度・重要度が低い「4領域」までやり切るのは、なかなか大変なことです。とはいえ、業績に関わってくる組織のレベルは、徹底度で決まるのです。
例えば、デスク周りの整理整頓は、「4領域」に属することです。
「忙しい」のを理由に整理整頓されていない状態を見逃せば、細部をいい加減にする緩みが組織に生まれますし、効率面からも隠れた問題になります。
「4領域」まで徹底することにより、緩みを一掃する覚悟を見せるのです。
成長するためには、自他ともに律する厳しさがないといけないと考えます。