2026年2月27日
二つの世界
~世界は二つに分かれた――万博に「行った人」と「行かなかった人」~
万博でお世話になった友人から、
上記タイトルの記事が送られてきました。
この記事を読みながら、何度も夢洲に通った日々を思い出しました。
昨年10月13日に終了した後は、すっかり話題に上らなくなった、
大阪・関西万博。
私自身は会期中に8回足を運びました。
決して多い回数ではなかったけれども、
回を重ねるごとに万博が、「イベント」から「居場所」へ変わっていく
感覚がありました。感動した大屋根リング、灼熱の万博会場、
閉幕前の少し寂しい気持ち。それらは情報ではなく、
身体に残る記憶として積み重なっていきました。
155回通った友人もいますが、その話を聞いたとき、
最初はなんで?と思ったが、今ならわかる気がします。
万博は一度行けばわかるものではなく、
繰り返し訪れることで見えてくることがあります。
同じ景色でも天気や時間、人との出会いでまったく違う体験になる。
リピーターとは「好きな人」ではなく、「場所と関係を結んだ人」
なのだと思います。
この記事に書かれているように、体験には非対称性があります。
行かなかった人を責めることはできないし、
行かなかった時間にも価値はある。
ただ、終わったあとに残る感情の質は確かに違う。
行った側には喪失感があり、行かなかった側には、
少しの想像や後悔が残るかもしれないし、すっかり忘れ去られた、
気に留めることもないほどの出来事かもしれません。
その差は優劣ではなく、ただ体験の有無という事実の違い。
情報があふれる時代に、現場に立ち、そこで感じることの意味を
この記事をきっかけに、思い起こしていました。
155回通った友人も、8回の私も、同じものを見ていたのではなく、
それぞれの万博を生きていたのだなあ。
万博が終わり、世界は二つにわかれたのだが、
それでも、その記憶を語り合うことで、
二つの世界はまた静かに交わっていくのだろうし、
日常もまた、小さな万博の連続だと思います。
迷ったら現場へ行く。身体を動かし、自分の目で確かめる。
その積み重ねが、未来の記憶をつくっていくのですね。

